日本の底力 (Core Competency of Japan)
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偉大なものにひれ伏す姿勢
今日読み直した、『教室から消えた「物を見る眼」、「歴史を見る眼」』のなかで、
なるほどと納得したことが書いてありすっきりしました。

いわく、今の教育に欠けているものは、「讃歎」という言葉であり、
偉大なものの前に「ひれ伏す心の姿勢」ではないか、と。

この言葉、実は大学の時に読んで、
爾来、僕の思想の基盤になってくれている言葉です。

因みに、昔の教科書には、『ロダンの言葉』が掲載されていたようです。
前者(フィディアス)の神々しい明浄、後者(ミケランジェロ)の猛烈な惨痛を讃歎せよ。讃美歎は高い精神に対する一つの醇酒です。

味のある文章ですが、高村光太郎訳らしいです。日本語っていいですなぁとしみじみ。

日本の歴史は悠久より連なり3000年、前回書いた、天皇陛下を筆頭に、我が国の歴史には、涙を流すほどの偉大な先人、英雄達が、無数に存在しています。その偉大な存在達がいたことを伝え、それに連なる「喜び」と「感謝」を子供に伝えることこそ教育ではないか。そうすれば、戦後教育にかけている、敬意や尊厳という美しい思想が復活するのではないでしょうか。


幕末~明治維新の群像 Bakumatsu~Meiji-ishin Various people


学校が見失った「学問のよろこび」について、こう書かれています。
学ぶということは先人の歩んだ道を、自分も一緒に歩んでみること、言葉を変えれば先人の言葉を通して、先人の心を偲ぶことによって、自己のいのちの根源を父祖の思いの中に確かめること、ということだろう。それは決して気楽な姿勢で手にひれることはできないことだが、一たび先人の心が自らの心にきらりと映ったときには、清冽な地下の水脈を掘り当てたようなよろこびにこの身が揺らぐおもいがするはずだ。

この「偲ぶ」という行為を日常的にしている人としていない人とでは、
歴史共感力と「物をみる深み」に、歴然たる差がでてくるでしょう。


教室から消えた「物を見る目」、「歴史を見る目」
教室から消えた「物を見る目」、「歴史を見る目」小柳陽太郎著(草思社)

★★★★

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